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牛たん焼き発祥の地、仙台。

-牛たん焼きのご紹介-

仙台ではどうして牛タン焼きが有名なの?

 戦後、米軍が日本に駐留していた時、食料として牛肉をたくさん消費しましたが、牛タンはあまり使われなかったそうです。
 これに着目し、もったいないので、捨てずにおいしく食べられはしないか、と研究開発に成功したのが地元仙台の故S氏です。彼は独自の工夫で牛タンを炭火で焼き、テールスープを添え、麦ご飯と一緒に「定食」としてセットで提供するようにしたのです。保守的な仙台っ子にもこの新しい食べ物は受け入れられました。
 その後、彼の店から暖簾わけしたりして多くの牛タン屋が仙台にできることになりました。
 今では五十数店舗とも言われるほど牛タン焼き屋があり、それぞれおいしさを競い合っています。牛タンの消費量は全国一で、観光の目玉としても知られるようになりました。

原材料は安全安心

 仙台なので仙台牛(和牛)を使っているなどと事実とは違うことを言う方もいますが、外国の牛タンを使う日本の地方的食文化として、仙台の牛タン焼きはスタートしたので、牛タン屋さんでは、ずっと求めやすいオーストラリア産の牛タンを使ってきました。
 弊社では本業が肉屋であることから、長年に渡る研究の結果、通常手に入るものの中では米国産とオーストラリア産の穀物肥育牛が一番であると確信しております。

イメージとして牛たんの写真を掲載

すぐれた食文化

 牛タン焼きは、ビタミン豊富な麦ご飯とゼラチン質がたっぷりのテールスープ、食物繊維の塊ともいうべき漬物を同時に摂取できる栄養学的にも優れた食品です。
 私たちはこの仙台の食文化、すなわち栄養学的にもすぐれているだけでなく、食べ物を大切にするという、心の食文化を自慢したいのです。そして、大切に守り育てて、広くご紹介したく思っております。

郷土仙台、そして伊達政宗。

 仙台には伊達政宗公(一五六七~一六三六年)という誇るべき武将がいました。
 伊達政宗公という人物は相当の人であったとのことです。豊臣秀吉になかなか従わず、徳川家にも面従腹背であったとされ、それにもかかわらず、最後には外様大名の筆頭にまで登りつめ、副将軍なみの地位に遇せられたと伝えられています。また、先駆けて「サン・ファン・バウティスタ号」(一六一三~一六二〇年)という木造帆船を建造し、ローマに使節を派遣するほどの「国際人」でもありました。
 私たち仙台人は同じ仙台人として、最後まで天下取りの夢を捨てなかった政宗公に、意地というもの、誇りというものを強く感じざるを得ません。まさしく、伊達政宗公こそが我が郷土の誇りです。

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